まめのつぶやき

カナダと日本をつなぐ小さな懸け橋ブログ

「嫌いな人」を無くすために

嫌い、イヤ、無理…

人なんだから、そりゃこうやって感じることもあるでしょう。

私には嫌いな人がいます。未だにいるんです。

「あの人嫌い!」みたいに表現してしまう相手がいます。

しかし、こんな「嫌いな人」を無くしたい、と心から思うようになりました。

 

 

「嫌いな人」を無くすとは、嫌いと表現することをやめるということです。

 

 

もちろん誰にでも苦手だなぁって感じる相手はいます。

このブログを訪れて、私の事に色々な形で興味を持って下さった人でさえ、

「何この女?うざったいんだけど」って感じでブログや動画を見ている人もいれば、

「ふ~ん」程度でチラ見して、去っていく方もおられると思います。

 

…もしくは相互訪問目的かな。笑

 

また、反対に、私に好意的な興味や感心を示し、コメントを残して下さる方、

お時間をかけて私にメールやメッセージを下さる方もいるわけです。

「いつも見てますよ~!」とか「楽しかった!」と書いてくださるわけです。

有難いじゃないですか。どれだけ心が救われていることか。

 

心が病んでいる時は、被害妄想にかられたり、自意識過剰になったり、

自己嫌悪に陥ったり、自己防衛のための正当化に走ったりしがちです。

少なくとも私はそうでした。今でもそんな心の闇はあります。誰にでもあります。

こんな時にやってしまいがちなことと言えば、相手を傷つけることです。

 

 

嫌い

 

 

そう思って、自分を普通に、当たり前に、正当化させようと相手を判断するのです。

「嫌い」は自分にとって不都合な相手を否定することの表現の一つです。

もちろん、人や動物を傷つけ楽しんでいる人を好きにはなれないし、

客観的な立場であっても受け入れられない人は、いつでもどこでもいます。

それは仕方ない。

 

しかし、私たちが生きているこの現代社会の日常生活をおくる上で、

どれ程の人が「嫌い」と表現されるのにふさわしいでしょうか?

私は未熟者で、言葉足らずの人間なので、未だに、ついつい「嫌い!」なんて表現を、

当たり前のように、しかも無意識にしています。中々やめられないものです。

 

じゃあ、それがいけないことなのかと聞かれれば、そうでもないと思います。

誰にだって「どうしても無理」って感情はあるだろうし、そんな感情あってこそ、

人間らしさ、人らしさというものが形成されるものだと思います。

ただ、私にとって「嫌いな人」という表現は、多くの場合、利己的な考えのもと、

幼稚な発想、狭い心が生み出した未熟な言葉でしか過ぎません。

心に余裕がない時に限ってこんな言葉が口から出てくるのです。

 

なので、人と接触する際には、判断することよりもありのままを受け入れるように

努めています。もちろんあくまで理想で、常日頃からできるわけではありません。

こんな独り言も理想なんですかね。

 

そりゃ目の前に嫌いな奴がいたらキーッってなるけど。

全然、心にゆとりがないなぁ。笑

Love and Peace

Bean

  

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