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まめのつぶやき

カナダと日本をつなぐ小さな懸け橋ブログ

相模原市の事件は世界的報道へ

この度、相模原市で起こった殺傷事件において、失われた命、また遺族の方にご冥福をお祈り申し上げます。

 

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写真:https://www.pakutaso.com/

 

news.livedoor.com

 

日本で起きたこの事件は、ニュースを気にしている方であれば、

日本国外でも報道されていたということを知っておられると思います。

私はこの事件の加害者についても、また被害者についても、

ほぼ何一つ分かっていない状態です。

でも、この事件を機にあることを思い出したので、ここに書きます。

 

私が大学生のころ、生物の授業を受講していたことがありました。

専攻とは無関係なものの、なぜか受講したんですね。

その時に教えてくださった先生が「障害」を持って生まれてくる人たちについて

生物学者の視点からお話ししてくださいました。

障害は、脳の未発達が原因だったり、先天的な遺伝子の問題だったり、

また、生まれつき手足が不自由だったりというケースもありますね。

 

そういった「障害」を持って生まれてくる人というのは、

生物学的にはある程度の確率で発生すると証明されています。

つまり、世界のどこかで誰かがその小さな小さな確率に当たっているということ。

言い換えれば、五体満足な自分たちがいれるのは、こういった小さな確率を、

私たちの住む社会の中の誰かが代わりに背負ってくれているということ。

だから、社会の一部である私たちが支え、協力し、生きていかなくては

いけないんですよ。

 

といった内容の話だったと思います。(100%は覚えてないけど…)

私はこの言葉にとても感銘をうけました。

上手くまとまりませんが、「障害があるから」とか「かわいそうだから」じゃなくて、

社会の中で支えあうことは大切なんだと納得させられました。

 

 

そうだと分かっているのですが、もう少し考えさせられることがあります。

実家の近くに相模原市と似た福祉施設があります。

そこでは、施設の方々が育てた野菜などが売られており、

安くおいしいお野菜が買えるようで、たまに父母が行くようです。

父母は社会貢献の一つだとも思っているはず。

でも、行くと、先生と呼ばれるスタッフが怒鳴っている声も聞くことがあるとか。

こういった施設での虐待や、スタッフ不足が問題視される中、

知的障害を持つ人と接する人の心的疲労と精神力は、綺麗ごとを言うだけでは

すまされないと思います。

時にはスタッフが暴力を受けたり、危険な目にあうことだってあるのです。

 

 

今回の悲惨な事件は、許されるべきことではありません。

犯人の言っていることが理解できる日は来ません。

でも、考えさせられることでいっぱいになりました。

そんな犯人に言ってやりたい…じゃあお前は「障害」なしで生まれてきたのかい?

お前の言う「障害」って何だい?人を殺すって発想、私には「障害」に聞こえる。

 

 

Bean

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